グリフィンドールに入りたい

主に本や映画の感想を書こうかと。プライベートについてどれくらい書くかは思案中。

努力や運でのし上がれる社会こそ素晴らしい。

 生まれた家で左右されるのはある程度はしょうがないのかもしれないけれど、本人の努力や運でのし上がれる社会でないと駄目だと思う。そして恵まれた者は恵まれた立場に自覚的にならなければ憎まれてもしょうがない。そのように思った。細川護煕さんを見ていて。

 努力と運によってのし上がれる社会が穏当だけど刺激もあって素晴らしいのではないか。金持ちに生まれるのもよい両親に生まれるのも、それは運。才能に恵まれるのだって運だろう。才能を生かすのは努力だろうが。

 努力だけで全てが決まる社会なんて実現不可能だ。仮に可能だとしてもそれは個々人の行動の全てに責任が問われる社会であって、地獄そのものだ。それでは運だけで決まる人生、その人生の集合たる社会はどうか。そのような人生は生きるに値しない。社会は進歩しない。

 今を生きる私たちにとって最も生きやすいのは、努力も運も認められる社会なのだろう。努力と運は対置できるような概念ではないかもしれないが、今ふと思ったのは以上のようなことなのだ。